竹馬(ちくば)の父子

赤とんぼが飛び交う園庭に、お馬さんが行き来しています。「いち、にぃ、さん、よん…」竹馬です。運動会にはみんなが乗れそうな気配です。

たかが竹馬、されど竹馬。乗れるようになるまで、いろんな道のりがあります。ほとんど練習なしですっと乗れるようになる子。足の親指の皮がめくれて、絆創膏をはって、何度も何度も練習を繰り返して、やっと歩けるようになった子。運動神経はいいはずなのに、練習の時期を逸して、みんなが乗れるのに今更かっこ悪くて…結局あとでこっそり、自宅で練習してきた子。お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、家族ぐるみで根気よく練習におつきあいいただいて、ありがとうございました。

竹馬にまつわる思い出をひとつ。二歳違いで三人の男の子を授かったわが家ですが、三人そろって保育園に通いはじめた頃、妻の負担はピークに達していました。十年ほど前です。「パパ、キャッチボールしよう!」よっしゃ!長男と庭に飛び出していく私。庭の隅っこでは次男が土をほじくって虫を探索中。のどかな休日の午後のひとときです。しばらくして、妻が怖い顔で出てきました。「りゅうちゃんはどうなのよ!ほったらかしで!」すごい剣幕です。一歳前後の三男は…その日もおとなしくビデオをみていました。「いまお兄ちゃんたちに必要なことをしているんや」三男にもかかわりたくないわけでない、けど長男とのキャッチボール、次男の虫さがしにも付き合わないと。どうしろっていうの…もどかしくて、夫婦に気まずい空気が流れました。次男が保育園で真っ黒なクレヨンで怖い母親の顔を描いて先生を絶句させたのは、その頃です。

ビデオはきまって「きかんしゃトーマス」。確かに、三人とも大好きでしたが、おとなしく観ているので、同じビデオを何回も、何回も…。トーマスに三男の子守りをさせる時間が増えていきました。三歳児検診で言葉の獲得が遅いようです…保健師さんに言われました。「やっぱり…」原因は私…妻は自分自身を責めます。心がしっかり育っているから…と、私が言ったところで、慰めにはなりません。年長になって、友達から「何言ってるかわからん」「バカはあっちいけ」などと言われているのを見ました。担任はフォローしてくれますが…そこは子供の世界、私もどうすることもできません。妻はクヨクヨするばかり。かわいそう、かわいい、かわいそう…母子はどんどんマイナスの壺の中に入り込んでいくようでした。

そんな彼に、転機が訪れました。運動会が近づき、みんなが竹馬に次々に乗れるようになっているのに、ちょっと練習しただけで「むり~」と、やめてしまう三男。少しメソメソするだけで妻はメロメロ。強く押すことができません。事務室から見ていても、彼が竹馬に乗れるようになるには、あまりにも遠い道のりに思え…

次男は練習せずにスッと乗れましたが、長男は不器用で、猛特訓しました。そうだ、やっぱりここは父親の出番。徹底的につきあうぞ!決意を固めました。おおげさですが、フルマラソンを走り出した気持ちです。妻を帰して、園庭で暗くなるまで練習しました。「もう、いやだよ~」泣き出しても「アカン!もう一回!」人目も気にせず、厳しい声をかけました。場所は保育園ですが、もう、園長先生ではない、父親の私です。彼にとってこんなに厳しい父は、はじめてだったと思います。日曜日、自宅でも格闘が続きました。そしてついに…

一歩、二歩、三歩…。おおっ、おお!できるじゃないか、三十、四十…五十!やったな~!やったよ~!二人で抱き合って喜びました。感激は忘れることができません。私と彼もしっかり繋がりました。以来、彼にもすっと一本の筋が入ったというか、自信がついたというか、すべてのことに積極的になりました。たかが竹馬、されど竹馬です。

いま、彼は5年生。三兄弟の中で、いちばんお喋りで、いちばん社交的です。

さて、園児それぞれ、いろんな道のりを経て、明日は運動会。いっしょに楽しみましょう。

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