おとなになるまでに

半袖でも過ごせる好天が続いた10月でしたが、急に冷えてきました。冬のにおい…あるような気がします。ストーブを出さないと。南の海からは台風が―。季節がせめぎあいながらも、冬は近づいています。

園庭の角に棗(なつめ)の木があります。まだ実が青いうちから、みんなが食べました。茶色くなって、せっかく食べ頃なのに、木のてっぺんにわずかに残るだけです。丸くツヤツヤしたのをかじると、リンゴみたいな味がします。お昼前や夕方など、おなかが空いた子たちには格好のおやつ。お迎えにこられたお母さんが、竹馬でつついたり、木を揺らしたり、肩車をしたり…わが子のため、なんとか実をとろうと苦労しています。がんばれ~もうちょっと…ほほえましい光景です。

「お姉ちゃ~ん なつめとって~」「いいよっ」毎日のように六年生の女の子たちが遊びにきました。保育園のときは小さかったのに、私より背が高くなり、小生意気な口もききます。彼女たち、園児がかわいくてしかたがないのです。テラスに出ている子を抱っこしたり、おしゃべりしたり…。お目当ての子がいて、「○○ちゃん、まだ帰らん?」「何時ぐらいに帰る?」ときいてきて、玄関で出てくるのを待っています。「出てきた!キャ~!かわいい~!」アイドルのおっかけみたい。「ここ階段あるから、あぶないよ。ちょっとさがって」って、私はマネージャーか?

中学生も年に数回、家庭科の授業としてクラス単位で遊びにきてくれます。無口な男子も「お兄ちゃ~ん、戦お~」って言われたら無視できません。照れながら「トオッ!」「テャ!」とかやっているうちに、自分も楽しくなってきて、汗だくです。女子は腰を落として、「何して遊ぶ?」お母さんみたいな目線でやさしく語りかけています。受験の重圧も、思春期のモヤモヤも、無邪気な園児にすっかり剥(は)がされて、屈託ない笑顔で遊ぶ中学生たち。そして、大胆に遊んでもらって大喜びの園児たち。幼児と中学生は足りないところを補い合う、相性ぴったりの関係なのです。

母方の従弟妹(いとこ)が十人いますが、私が一番上でした。学生の頃、ショッピングセンターで一歳の従妹を預かって歩いていたら、店員さんに「お父様、こちらご覧になりませんか」と声をかけられました。「あっ、いえ、いいです」戸惑いましたが、おとーさま!?そうか、父親って、こんな感じなのか…と、ちょっぴりうれしかったりして。今思えば、子どもってかわいい、親になってみたい…という父性?が、自分の中で少しずつ膨(ふく)らんでいったようです。そんな感覚、ありませんか。

子どもは20歳になったとたんに大人になるのではありません。経験を重ねて夢やイメージを持ちながら、大人への階段を徐々に上がり、同時に、親の庇護から離れていくものです。中学校が勉強だけでなく、職業体験や育児体験を重視していることは、いいことだと思います。

時折、たいてい晩酌のときですが、息子たちに熱く語ります。十年か二十年後か、わからないけど、必ず結婚するんだぞ。一人は自由だけど、さびしい。二人は不自由だけど、あったかい。三人、四人、五人…家族が増えるとお金が足りない、けど、ほら、今、楽しいやろ…。

気が早い?でしょうか。長男は大人への階段、もう半ばを過ぎています。私は人生、もう半ばを過ぎています。

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