宮商和して

「じゅげむじゅげむ ごこうのすりきれ…」ひまわり組の女の子たちが落語の「じゅげむ」の名前を声を揃えて上手に唱えています。

教育テレビの「にほんごであそぼ」が子どもたちの間ではやっています。日本語のひびき、リズムの楽しさを存分に活かしていて、朝の慌しいときですが、フレーズが大人にも知らず知らずに耳に残ってしまいます。特に野村萬斎さんの狂言の一節「でぇんでぇんむしむし」は愉快です。

「でぇんでぇんむしむし」は狂言「蝸牛」の一節。主人のためにカタツムリを探す家来を、藪に寝ていた羽黒山の山伏がカタツムリになりすましてからかい、いっしょに踊る-というお話です。

お盆過ぎに一家で山形の母の実家に行きました。今年は子どもたちにホンモノの山伏を見せたくなって、羽黒山に上がってきました。参道は2446段の石段です。もちろん、リッパな自動車道路もあるのですが、夏の思い出にするにはやっぱり石段を上がらないと。

「ほんとにいくの~」という妻と三男には山頂の駐車場で待っていてもらうことにして、ヨイショ、コラショッと三人で巨大な杉木立の間を登ってきました。次男は何度か肩車をしてもらうべく、背中をくっつけてきましたが、「修業だぞ、修業!」というと、兄弟で「しゅぎょ~!」と大声を出して互いに勝手にテンションを上げて駆け上がっていきました。すれ違う年配の行者さんたちが「がんばれよ」と声をかけてくださいます。山頂には涼やかな風が吹いていて汗がスッとひきました。たくさんの山伏も見ることができました。もちろん、あちこちで「プォ~」っとほら貝の音が鳴り響いていました。みなさんも機会があれば、ぜひ訪れてみてください。

大寄りは身動きができないほどの賑わいでしたね。天気予報が外れてよかったです。「ダーツ」「スマートボール」などのゲームに一年生の長男が真っ先に飛びつきますが、次男、三男もやらないと気がすまないので、自動的に一回900円。財布の中の千円札に羽が生えたのかと思うほどでした。甘かったかな…まあ、大寄りだからいいか。と、ずいぶんいいかげんな親ですね。

あまり暑くなかったので、重い衣をつけてお堂で読経するのも割合に楽でした。お経の始めと終わりに雅楽がなります。本山には昔から真柄地区の住人だけで親子孫…と伝承されている楽団があります。最近は雅楽が脚光を浴びてきているので、若い人の参加も増え、京都に研修に出かけたりして腕を磨き、なかなかの音が出るようになっています。お参りをしていて、雅楽の響きが保育園で聞く音と似ているのに気がつきました。

雅楽などの伝統音楽の音階には宮(きゅう)・商(しょう)・角(かく)・微(ち)・羽(う)の五音があります。また五音の間にも「塩梅音」という微妙に上下するファジーな音があったりして、西洋音楽のドレミのように、きっちりしたものはありません。親鸞さまは「宮商和して自然なり」と仏教の世界を和讃(うた)に書かれました。宮と商は全く音の高さが違い、西洋音楽では不協和音なのに、なぜか雅楽では「ふわ~」っと全体で包み込んでしまうように、和音になってしまうのです。「みんなが違ってみんなが一緒だよ」800年も前の先人の言葉が、現代人の耳に痛いですねえ。

保育園の事務室で聞こえてくる音といえば子どもたちの声。高い声、低い声、笑い声、泣き声、大きな声、小さな声…全然違う状況でそれぞれが出している声で、騒音といえば騒音なのに、なんとなく一つの響きになっています。

ぼちぼち運動会に向けて鼓隊の練習がはじまるかと思いますが、果たして、保育園らしい「宮商和する」ような響きになりますか。あたたかいご声援をお願いいたします。

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