バルバスバウ

4歳児がテラスで遊んでいたら、1歳児が園庭に出てきました。オーちゃんが鼻水が出ている弟をみて「イオリくん、おハナ食べてるなぁ」って笑いました。「ちょっとまっててや」兄ちゃんは部屋の奥からティッシュをとってきて、弟のお鼻を拭いてあげました。「はい、もういいよ、あそんできね」

微笑ましいですね。うちの二歳違いの三人息子の幼いころ、こんな情景、考えられません。コロコロ遊んではいたけれど、お世話をするなんて、ないない。どう育てたらあんな優しい兄ちゃんに育つのでしょう。いまや学生と高校生、ますます会話も少なくなって、寂しいお父さん。ああ、女の子がいたら…。まだまだだけど、孫に期待するしかありません。

バルバスバウ。
これが何かわかった人は相当なオタクか、少年時代にプラモデルにハマッたお父さん。先日、アメリカ軍の駆逐艦とコンテナ船が衝突した事故。そのコンテナ船の船首の形がバルバスバウ。日本語では球形船首。水面下で丸く突き出ている部分です。ニュース映像とともに聞こえてきた、何十年ぶりに耳にしたこの単語で、ある記憶がよみがえりました。家では誰にも話していません。っていうか、誰も興味がないでしょう。

球状船首は戦艦大和に採用されたのが有名です。かっこいいです。宇宙戦艦ヤマトにも欠かせない形状で、もし艦首が突き出ていなかったら、ちょっとマヌケです。小学校高学年から中学二年まで、内田本屋さんでプラモデルを買ってきて戦車や船を作っていました。保育園の折り紙がニガテだった私。説明書をどれだけ見ようが、平面を立体に理解するのが困難で、まあ、ヘタクソです。それでも形になればうれしくて、部屋に並べて上から見たり、斜めから見たり、飾って楽しんでいました。

そのうち、弟も中学生になってプラモデルをはじめました。部屋にこもって、勉強そっちのけで作りました。それが、桁違いにうまい。器用というか才能。やがて、アメリカの大きなバイク、ハーレーの白バイを作り上げました。複雑なエンジン部分もピッカピカ。そして、ある日、ついにプラモの頂点に君臨する戦艦大和を、見事に完成させました。兄弟で競っていたわけではないけど、兄のプライドは粉々に砕けました。やる気をなくして、プラモデルをやめました。「彼は彼」「私は私」でいい…は、オトナの理屈。思春期の年子の兄弟の心理、そんな単純なものではありません。

気が弱くて内気な私は典型的な内弁慶。弟と小学校まではよく遊んでいたし、取っ組み合いのケンカもしました。父は内心では果敢に兄に挑む弟を応援していたのでしょうが、プロレスのレフリー程度に「反則ワザ」を制止するぐらい。「ふたりともがんばれ」でした。私にとって、弟はいつもちょっと優位に立てる遊び相手という位置づけでした。

そんな弟が兄のポクを超えた-。以来、弟が愛好するプラモデル、アニメにもレッドツェッペリンにも目をそむけ、歴史本とカープとクラッシックという、弟と干渉しない世界に没頭していきました。急速に会話も減っていきました。

考えてみれば、「きょうだい」って、協調したり対立したり、ときには騙し騙され?家族の中で、擬似社会の体験みたいな、不思議な存在です。それゆえに育ちあえる、ありがたい存在でもあります。さあ、レフリー役の親の腕の見せどころ!うちはもう遅いですが。

けっきょく、弟は自衛官になりました。すっかり東京の人です。私はご存知のようにお坊さんと保育園。世の中、うまいこと、なっていますね。たまに実家に戻ると一緒に夜中までお酒をのみます。乾杯!彼はバーボン。私は日本酒で。

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