良寛さんの境地!

袖の中の毬は値千金じゃ。ワシは毬突きの名人。相手になる者など一人もおらん!
コツを尋ねられたらこう答えよう、ホレ!一、二、三、四、五、六、七…
(良寛さんの詩より)

赤とんぼが舞う空の下、個性豊かな竹馬が左右に行き交っています。小柄な子が長~い竹馬、大柄な子が細身のかわいい竹馬に乗っていて、ユーモラスです。すみれ組は全員が竹馬に乗れます。

いつか出雲崎で見た良寛さんの「手毬」の詩を思い出しました。良寛さんの毬つきは、どんな子にも負けない腕前でした。もちろん、偉大なお坊さん、詩人であり、当時の三筆にも数えられる書の達人ですが、遊びの達人でもあったのです。子どもと遊ぶのが大好きで、かくれんぼをしていて、熱中するあまり、翌朝まで稲わらの中に潜んでいたという話は有名です。どうしたら上手く毬がつけるか、どこに隠れたら見つからないか、そして、どうしたら書が上達するのか…良寛さんは何事にも興味をもち、夢中になって工夫と努力を重ねた人だったのでしょう。遊びと勉強や仕事の境は無かった、いわば、すべてが遊びだったのでしょう。良寛さんは私が尊敬する人の一人です。

「どんなもんだ!」とばかり、運動会でみんなが竹馬の上で見せた得意そうな顔。まさに良寛さんの詩の境地!? 担任は数組の古い竹馬を置いておいただけです。一人、二人、四人…つぎつぎとコツをつかみ、乗れる子が増えていく中で、それぞれが発起して朝も昼も夕方も黙々と練習を続けました。お母さん、おばあちゃんも夕方の忙しいときに、じっくり練習に付き合ってくれました。おじいちゃんが、わが孫のためにオリジナル竹馬を作ってくれたおうちもありました。みんなが乗れた、という結果より、みんなが、みんなの家族が竹馬を通じて、「やった!できた!」「すごいな!」という感動をいっしょに体験しできたことが、うれしいです。

遊びをせむとや生まれけむ たはぶれせむとや生まれけむ…(梁塵秘抄)

人は遊ぶために生まれてきた、と古人も言っています。遊びは人の本能。ならば、仕事も家事も子育ても、その真髄はすべて遊びに通じるのではないでしょうか。遊びの達人は必ずや人生の達人になれる、と信じています。

運動会の入り口で子どもたちを待ち構えていた《ゴジラ》は、役員のお父さんたちの真剣な遊び心が作り上げました。夢中で作っているときの目は、保育園で遊んでいるお子さんたちと同じでした。お母さんがた、旦那さまを誇っていいと思いますよ。

男女共同サンカク…といいつつ、服なら何でもかんでも洗濯機に放り込むので、私は家で洗濯禁止になっています。ご存知のかたもあるでしょう。妻は、息子たちの洗濯物の急増に耐えかね、ついに洗濯機を買い換えました。乾燥まで全自動でやってくれるスグレモノです。蓋は二重になっていて、「キーーン、ゴーーッ!」とジェット機みたいな音がします。始動させるのにも「ピッピッビッピッ」と、数字を見ながら、いくつかボタンを押します。「ピロロ~ン」と、音楽も鳴ります。ほほう、どれどれ、ためしに…「ピッピッ」とやったら、妻が慌てて飛んで来て、”カワイイ”洗濯機から遠ざけられました。 ハイテクは遊び心を認めてくれないようです。

今朝、道端に立派なくるみ胡桃がたくさん落ちていました。小学生は胡桃や栗を拾わないのでしょうか。子どものころは熱心に拾ったものですが-。慎重に足で開いたイガから、丸々とした栗が覗いたときのうれしさ!雨があがったら、子どもといっしょにやってみます。

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